サラリーマンを辞めるまで(その2)


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【2005年4月17日】自サイト制作のアイデア

サイト制作にあたり、以下の点を考慮しようと思いました。

1.一見さんを引きつける仕掛けを準備する

2.観光ツアーのような感覚で、工房をガイドする

3.顧客に工房の考え方を理解して頂く

4.ショールーム、体験コーナーを設置し工房の能力をアピールする

5.契約顧客に永遠にサービスを提供する

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サイトはシステム的な要素を取り入れながら制作を進めることにしていますので、デバッグ・検証のステップを経ることになり検索エンジンに取り込まれる時期を2005年9月頭を予定しています。

インターネットへの公開はゴールデンウィークの頃に行い、開発環境と本番環境との違いを検証しようと思っています。

【2005年4月29日】高校時代の友人たちに伝える

毎年、みどりの日に高校時代の友人達と集まって「竹の子パーティ」を開いています。

友人の一人I君が生業としている寺の竹林が会場です。
筍のさしみ、天ぷら、バーベキューを食し、ビール・サーバーから注いだジョッキで飲み干す生ビール。

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バカ話を語らいながらユックリ過ごす時間は、とても楽しいものです。

小生が会社を退職し独立することを伝えたところ、驚きの声。無理もないですね、アト3年で50歳になるのですから。

小生が語ったことは決意した上でのことを彼らは即座に理解してくれ、その後は「応援するぞ」、「助けることはできないけれど、話はいつでも聞いてやる」と。

ありがたいです、後押しをしてもらいました。

【2005年5月18日】女房と旅行に行く

実は今年、結婚20周年を迎えました。

記念に海外旅行に行こうかと考えましたが、子供5人を残して1週間家を空けるのは困難でした。

長女が3日間だけなら家をみてあげるよと行ってくれたので、国内旅行にすることにし行き先は、以前から狙っていた由布院に決めました。

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3日間滞在した由布院では、宿泊先のホテルの無料レンタル・サイクルを借りてミニ軽井沢のような通りや田園地帯をゆっくり回りました。

気に入ったお店に立ち寄っては、工芸品を覗いたり、美味しそうなものを見つければ立ち食いしたり、また温泉ですからたっぷり湯にも浸かりました。

このような時間を過ごしたのは20年ぶりでした。

今秋の個人事業開業を前にして、まさに嵐の前の静けさとも云うべき時間を過ごしました。

JR湯布院駅近くの和菓子店「喜久」の麩饅頭はとても美味しかったです。
ヨモギと玄米の2種類があり、特に玄米が秀逸でした。毎日、買いに行きました。

【2005年5月20日】名刺を作る

5月末、サラリーマン最後の日を迎えるにあたり、お世話になった方々に小生が今後何をやるのかを明らかにするために名刺を制作することにしました。

インクジェット・プリンタで名刺を印刷するために名刺カードをいくつか物色しましたが、エイブリィ デニソン マクセル社(http://averymaxell.com)の「すっきりエッジ名刺カード[アイボリー厚口]インクジェットマット紙(両面印刷):製品番号EJ21033SCE-10」(名刺100枚分)を選びました。

近所のホームセンターでA4版・10枚入って1000円弱でした。

マクセル社のホームページから名刺制作専用ソフトを(無償)ダウンロードして、好みのデザインを選び好みの文言を入力すれば出来上がりです。

ただし、デザインパターンによりカード枠内に収まり切れなかったり、用紙最下段のカードが中途半端に印刷されてしまう場合があります。

小生は上から4段までを印刷した後、上下の向きを入れ替えて1段(入れ替え前は最下段の5段目)だけを印刷することで無駄なく印刷できました。

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■オモテ側
 Web工房まる高のコンタクト先を記載

■ウラ側
 小生のインターネットに関わる資格、受賞歴、実績を記載

受け取っていただいた方々は、捨てないで

【2005年5月22日】なぜ、脱サラを考えたのか

小生の生き方かもしれません。

他人に命令されることに対し嫌悪感を覚えます。わがままで小心者だからかもしれません。

小生には以下の原体験をもっています。

母親の実家は、茨城県笠間市稲田にて石材業を営んでいました。
幼少の頃、母親の実家に行く度に、鑿を金鎚で叩き形を作っていく職人の姿を畏敬の目でみていました。
あこがれでもありました。

大学で数学を学んだ後、いつしかコンピュータのソフトウェアを制作する会社に就職し、気がつけば40歳代後半に入っていました。
不思議なことに職人になりたいという思いは、消えることなく続いていました。
ただ何の職人なるかが確定したのはここ7、8年です。

1996年頃からインターネットに関わるようになり、生業として自信を持てるようになりWeb職人として生計を立てたいと思うようになったわけです。

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以前勤めていた会社にて3年前、小生の目指すネットマーケティング・ビジネスに対し理解をして頂いたN前社長からK社長に交代しました。
K社長はN前社長とは正反対の性格・気性で、石橋を何度でも叩き(コレはいいと思います)、責任回避は日常茶飯事の方でありました。
事あるたびに小生は、電話やメールで詰問を受け精神的に疲弊していきました。

また2年半(2002年12月~2005年5月)に及ぶJR勝田駅からJR浜松町駅までの長距離通勤(片道130Km)による恒常的な睡眠不足と肉体的疲労、さらに家族とのコミュニケーション不足による不和の問題も生じていました。
2年半で地球を3周、12万Kmを通勤し、早朝5時に起床しJR勝田駅5:52発の常磐線特急フレッシュひたち4号の禁煙自由席車両11号車に乗車し、7:24JR日暮里駅にて山手線もしくは京浜東北線に乗り換え、7:45頃、JR浜松町駅で下車するのが朝の日課でした。

さらに下車後は、WTCビル(東京モノレール始発駅のあるビル)の地下のコンビニでドーナッツと缶コーヒー(JTのルーツ アロマブラック、これは旨いです)を買い込んでオフィスのある33階に向かいます。

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会社の始業時間は8:50でしたので、小生は他の社員より1時間早く出勤し、仕事をこなしていました。
帰宅は会社を18:30に出てJR上野駅から特急スーパーひたち51号に乗車しJR勝田駅20:12着、20:30に帰宅し23:50就寝が毎日のだいたいの日課でした。

話は長くなりましたが、

1.生涯の夢である職人として生計を立てたい

2.組織の中で仕事をこなすことに疲弊したこと

3.家族の近くで生活したいこと

4.退職金にプレミアムが付く(小生自身が行動を起こせる)最後の機会であったことが、

個人事業を始めようと決断した動機です。

【2005年5月31日】サラリーマン最後の日

いよいよ、今日が来ました。

5月GW明けから、あっという間に今日が来てしまいました。

昨日5/30に、東京でお世話になった方々にご挨拶をしました。
今日は茨城でお世話になった方々にご挨拶をしました。

20年前、都内の会社から茨城の会社にトラバーユしたことが昨日のように鮮明に覚えています。
好きで選んだ会社でしたので去るときは何とも云えない1日を過ごしました。

これで見納めか、これでいいのか、本当に今日で終わりなのか、…………

夕方、本社・総務に社員証、保険証、胸章を返却し、会社への事務が完了しました。

その後は、昔所属していた部署の有志が30名集まり、ひたちなか市で壮行会を開催していただきました。
司会進行は、入社してから17年間、部下として頑張ってもらったT君。
話ベタですが精一杯、纏めてくれました。

「やられた」とつい口走るほどの心温まるプレゼントを頂き、涙ものでした。

バカラのグラス、それもグラスの底に小生の初代ハンドルネームと小生の誕生日を彫ったものでした。
小生の新たな旅立ち、原点に戻っての旅立ち、昔の仲間のメッセージが込められていました。

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本当にやられました。

何度も書きたいが、何とも云えない1日でした、サラリーマン最後の日というものは。

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