震災後、ひと段落するまで

今回の地震で同じ市内でありながら

ひたちなか市内は、20年前に旧勝田市と旧那珂湊市が合併した街です。

旧勝田市は那珂川の河岸段丘上に広がった工業都市。

かたや旧那珂湊市は那珂川河口・太平洋に面した漁業の町。

この性格の違う街が、今回の地震でも大きな違いを見せました。

旧那珂湊市には、4mを超える津波が各漁港や魚市場、漁船や車を飲み込みました。
市内の歩道やマンホールは液状化現象でボコボコ状態。
道路は、あちこちで陥没。
ただし、断水後の水道の復旧は3日目。

旧勝田市は、道路は、あちこちで陥没。
道路の陥没は、ごく一部。
断水後の水道の復旧は6日目。
ただし、常磐線西側は遅れること15日。

こんなときに、違いを出さなくてもいいものの…

震災後、ダッシュするために早めに制作着手

今月中旬にご発注いただけるはずの会社が、今回の大地震で海沿いに立地していたため甚大な被害を受けました。

その復旧対策でてんやわんやだそうです。

幸いにもその会社は一部上場の会社なので、注文はしっかりするとのことなので早めにシステム制作し、即納できる準備をしておくことにしました。

目立ちませんが「茨城県ひたちなか市」の大震災被害写真

小生が住んでいる茨城県ひたちなか市でも、東北地方太平洋沖地震で特に沿岸部で大きな被害を受けました。

ほとんどマスコミで報道されておりませんので、
「3/25 NO.391 市報 ひたちなか市」に掲載された被害の一部写真を利用させていただき、茨城県ひたちなか市の状況を伝えたいと思います。

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これをご覧になって、予想以上に被害が大きかったことをご理解いただけたと思います。

被災地、茨城県阿字ヶ浦海岸

同じひたちなか市内にお住まいのお客様が、訪れました。

阿字ヶ浦海岸で旅館を経営されています。

幸いにも今回の地震でお客様の旅館は大きな被害もなく宿泊受付ができる状態だったそうです。

ただ、阿字ヶ浦海岸にある40軒ほどある旅館・民宿の半数は大きな被害を受け、再開に向けて精神的・金銭的に大きなダメージを受けています。

廃業も考えている旅館もあります。
建てなおすには7,8000万かかります。

元気を出さねばと思いながらも、現実を見ると館主さん達はどうしようもなく、なす術を考えることもできず途方にくれています。

周辺の観光地、国営ひたち海浜公園は特に遊戯施設にダメージを受けており、国土交通省からは被災地のインフラ復興に優先的に費用を回すので、公園の復興は後回しになります。

これから10年かけての復興の覚悟が必要となります。

励ましの言葉をかけることがためらった今日でした。

がんばっぺ!茨城のバッチとシールGet

ひたちなかテクノセンターにお伺いし、在籍している知人から噂の「がんばっぺ!茨城」のバッチとシールを購入しました。

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それぞれ100円です。

超ローカルな茨城弁を前面に出すこと(茨城以外に背を向けているようで)に抵抗がありますが、スッキリしていてとてもいい感じ。

ただ、どこに貼ればいいのかなぁ?

忘れられた茨城県の今

●今 – 1

今やっと、国道や県道などの幹線道路の工事が本格的に始まりました。

特に太平洋沿岸の国道51号線は大洗や稲敷付近は、4車線の内、2車線を4Km単位で完全にシャットアウトし、1m以上掘り下げの工事です。

もちろん、海側の斜面補強をしながらです。

大洗の夏海バイパス沿いのレストランが震災で破壊された上、風評で客足が減っての閉店の姿は痛々しいです。

●今 – 2

水戸で群馬県のマラソン仲間と久しぶりに再会しました。

水戸近辺の家屋の屋根に今だブルーシートがかけられ、道路のゆがみに驚いていました。

いみじくも、茨城県は忘れられているねと言っていました。

茨城県の場合は、特に社会インフラ、大企業、大規模施設が破壊されていたことが伝わっていないようでした。

マスコミは茨城県大嫌いみたいだね。

好きで住んでる訳ではなく、住まざるをえなくて住んでいる茨城県。

地球規模で見れば、茨城県も福島県も東京都と隣接しており狭い都道府県レベルの話をしたくもないが、
せめて日本国内、同じサービス、環境を整備して欲しいものです。

福島出身の友人

最近の話。
福島県出身の友人からのメール一部抜粋です。

> ウチの実家は、例の原発から10Kmの町。何が何だか分からず避難して、何
> か所も避難所を移動していた両親と連絡が取れたのは3、4日後でした。
> 親は今、埼玉県内のアパートを借りて暮らして
> います。いまだに「毎日ヒマでやることがない」とかぐちっています。福島にい
> た時に何かやってたの?と思いますが。いつになったら帰れるのかという問いに、
> はぐらかしながら答えてきましたが、国も当分無理だと言っているのを聞いて、
> いよいよ死ぬ前には帰れるのだろうかと考え始めたようです。年寄にこんな心配
> させたくないですね。

「大丈夫だよ」とか「元気出して」の言葉は無意味です。

「どうすればいい?」、「なんで?」の話を聞いてあげるしかないと思う。
棘だらけの言葉の一部でいいから、その棘を受け止めることしかできない、と思う。

福島県いわき市塩屋崎に行ってきました

約8ヶ月たった今日、

平薄磯(塩屋崎灯台)〜前回通れなかった豊間の海岸沿いを訪ねました。

2011.4.3、被害状況

絶句しました。

時が止まったまま、

誰もいない…